第四話:応援席から見えるもの

高校時代、夢じいは陸上部で400メートルを走っていました。
「中途半端に長い」と言われるこの距離は、全力で走りきるには相当な覚悟が要ります。
走っている最中はとにかく苦しく、ゴール後にしばらく立ち上がれないこともありました。
ある日、記録も順位もふるわず落ち込んでいた夢じいに、母がこう言いました。
「今日も、ちゃんと最後まで走りきっていたね。すごいじゃない」

そのとき、夢じいは少し驚きました。
夢じいの中には「ああ、またビリか」「だめだったなあ」という気持ちしかなかったからです。
でも、母は順位なんて気にしていませんでした。
ただ、夢じいが最後まであきらめずに走りきったことを、応援席から見ていたのです。

そのとき、夢じいは気づきました。
どんなレースでも、どんな人生でも、見てくれている人はいる。
順位や成績ではなく、「その人なりのがんばり」を見てくれている目があるのだと。
人生にも、そんな「応援席」があります。
家族だったり、友人だったり、先生や先輩だったり。
あるいは、ずっと前に出会った誰かかもしれません。

そして、もうひとつ大切な「応援席」は、自分の中にもあるのです。
「今日の自分、よくがんばったな」――
そう思える日があると、不思議と心が温かくなるのです。
誰かから褒められなくても、自分の応援席が拍手を送ってくれている。
そんな感覚です。
若いころは、「誰が見てるんだろう?」「どう思われるんだろう?」と気にしていました。
でも今は、「誰かは見てくれている」と信じるようにしています。
そして何より、「自分自身が見ている」ことを忘れないようにしています。

あなたが今、どんな場所でどんな挑戦をしていたとしても、
きっと誰かが見ています。
あなたの苦労や努力、迷いながら進む姿を、静かに応援している誰かが。
それは、親かもしれません。
友人かもしれません。
あるいは、まだ出会っていない、未来のあなた自身かもしれません。
だから、どうか途中であきらめずに、走ってみてください。
全力じゃなくても、ゆっくりでも、足を止めなければ、それで十分です。
ゴールしたとき、ふと応援席から拍手が聞こえるかもしれません。
それは、あなたがあきらめずに走り抜けた証なのです。

夢じいの一言:
走る速さより、走り続ける心を大切に。
応援席で、夢じいはいつも拍手しています。
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